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自由と放任ってどう違う?②

  • 1月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:1月29日


―大人に必要とされる「忍耐力」―


モンテッソーリ教育では、自由のことを「制限された自由」という言葉で表します。

少し不思議な響きですよね。

でもこれは、「自由を縛る」という意味ではありません。

自由を守るための、大切な線引きのことです。


たとえば、

  • 他の子が集中している横で大声を出す

  • 使っている教具を、断りなく取ってしまう

  • 危険な行動をしている

こうした行為は、「本人がやりたいから」という理由だけでは、自由とは言えません。


なぜならその自由は、誰かの集中や安心を壊してしまうから


モンテッソーリ教育では、

「自分の自由」と同じくらい、「他者の自由」を大切にします。


だからこそ、他者の権利を侵してしまう行為には、きちんと止める線があります。


一方で、

  • 少しぎこちない手つき

  • 時間がかかっているように見える作業

  • 大人から見ると遠回りに感じる取り組み

  • 同じことを何度も繰り返す様子


こうしたものは、たとえ非効率に見えても、私たちは「じっと見守る」ということが大切になっていきます。


むしろ子どもが悩んでみたり、試してみたり、考えてみたりする様子を見た時こそ、この子の学びたいことが詰まっているのかもと考えます。そしてその延長線上にある新たな学びとなるものを、その子の目につくところにそっと準備しておいて、またじっと見守ります。


モンテッソーリは、「教師は活動的である以上に、忍耐強くなければならない」と述べました。

つまり教師(大人)は、知識を沢山教えこみ、手本となる姿をすぐに見せるのではなく、

観察しながら適切な援助を行うタイミングをじっと見極めるべきであるということ。


なぜなら、子どもが自分の内側から動いているとき、その芽を大人の都合で止めてしまうことは、自己教育力そのものを弱めてしまうことがあるからです。

だからこそ、少しぎこちなく見える過程も、将来へと続く発達の途中として、丁寧に尊重していけたらと思います。


「見ているうえで止めない」ことと「何も見ていない」ことの違い。

この違いを意識することが、自由と放任を分ける、大切なポイントかもしれません。


子どもの発達段階に合わせたモンテッソーリ教具たち
子どもの発達段階に合わせたモンテッソーリ教具たち

 
 
 

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