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自分の声になる瞬間

  • 4月3日
  • 読了時間: 2分

私の友人に、いつもゆったりと柔らかい声で話す人がいるんです。


普通に雑談しているだけなのに、その場の空気がふっとやわらいで、なんだか癒されてしまう。


「素敵だなあ」と、いつも思います。


そして不思議なことに、その人と話しているときの私はいつもより少し落ち着いた声で話している気がするのです。


緊張のない、自分の身体にちゃんと馴染んだ声で。


きっとそれは、その人がまとっている空気(人柄)によるものなのだと思います。


言葉をすぐに跳ね返される心配がなくて、一度ちゃんと受け取ってもらえる安心感がある。


だから、無理に強く話さなくてもいいし、急がなくてもいい。


その安心感が、私の声そのものを変えていたのだと気づきました。



子どもとの関係も、どこか似ているのではないでしょうか。


私たちはつい、「どう声をかけるか」という“言葉の内容”に目が向きがちですが、


それ以上に子どもに届いているのは、声の質や、そこに含まれる空気なのかもしれません。


急かすような声、評価が先に立つ声、それらは言葉が正しくても、どこか身体がこわばってしまう。


反対に、ゆったりとした声、やわらかく受け止める声は、子どもが「このままで大丈夫」と思える余白をつくります。


すると不思議なことに、子ども自身の声も、動きも、少しずつ整っていく。


声は、教えるためのものというよりも、その場の関係をつくる“環境”のひとつなのだと感じています。


どんな声に、子どもは惹かれていくのか。そして安心していくのか。


それはきっと、「この人は自分をそのまま受け止めてくれる」と、身体で感じられる声なのだと思います(o^―^o)



 
 
 

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